東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)800号 決定 1981年4月09日
債権者 邑松吉太郎
同 桜木正雄
債権者ら代理人弁護士 雨宮正彦
債務者 石原建設株式会社
右代表者代表取締役 石原孝信
右代理人弁護士 石原寛
同 仁平勝之
同 吉岡睦子
主文
債権者らの本件仮処分申請をいずれも却下する。
申請費用は債権者らの負担とする。
理由
一 債権者らは「債務者は本案判決確定に至るまで別紙物件目録(一)記載の土地上に建築予定の別紙物件目録(二)記載の建物の建築工事をしてはならない。申請費用は債務者の負担とする。」との仮処分を求め、債務者は主文同旨の裁判を求めた。
二 当裁判所の判断
(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。
(1) 債権者邑松は、別紙物件目録(三)記載の(1)の土地及びその土地上に存する同目録記載の(2)(3)の建物(以下邑松建物という)を所有し同建物に居住しており、債権者桜木は、別紙物件目録(四)記載の(1)ないし(4)の各土地及びその土地上に存する同目録記載の(5)の建物(以下桜木ビルという)を所有し、同建物の七階に居住している。
(2) 債務者は、別紙物件目録(一)記載の(5)、(7)ないし(11)の各土地を所有し、同目録記載の(1)ないし(4)、(6)、(12)の第三者所有の各土地についてはいわゆる等価交換方式によりその提供を受け、以上の土地(以下本件土地という)上に、昭和五五年一一月八日付で建築確認を得た別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を建築すべく昭和五六年二月四日基礎工事に着手し、現在同工事が進行中である。
(二) ところで、債権者らの本件仮処分申請は、要するに、本件建物が予定どおり完成すると、債権者らの前記各居住家屋(債権者桜木については桜木ビルの七階部分)に対する日照採光の阻害、その他風害等生活及び健康に対する種々の侵害を受け、その程度は社会生活上受忍すべき限度を超えるから、債権者らの前記土地建物の所有権に基づく右侵害行為の予防差止請求として、前記趣旨の仮処分を求めるというにある。
(三) そこで、進んで検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。
(1) 本件土地は、放射二二号線及び首都高速道路三号線と青山通りを結ぶ巾員一六・七メートル(都市計画道路巾員二五メートル)の補助二三号線に面し、右高速道路と補助二三号線の交差する高樹町交差点の角地形状の地域に位置している。そして本件土地のうち主に補助二三号線沿いの七七・五パーセントが都市計画上商業地域に(一部は前記三号線沿いの商業地域に)、その裏側部分になる二二・五パーセントが住居地域に属し、商業地域は建ぺい率一〇〇パーセント、容積率は商業地域に属する敷地部分のうち九九パーセントの部分が六〇〇パーセント、その残り部分が五〇〇パーセント(前記三号線沿いの商業地域に属する部分)、本件土地のうち住居地域においては建ぺい率七〇パーセント、容積率四〇〇パーセントとそれぞれ指定されており、また本件土地全体が防火地域に指定されている。高度制限はない。
(2) 債権者ら所有の前記土地建物は、本件土地の北ないし北西側に隣接し、前記補助二三号線に面しており、いずれも商業地域で建ぺい率一〇〇パーセント、容積率六〇〇パーセントの指定地域内にあり、高度制限はない。
本件土地建物と債権者ら所有の土地建物との位置関係は別紙図面のとおりである。
(3) 本件土地附近の補助二三号線沿いには、邑松建物を含め二階建程度の一般住宅も散見されるが、周辺は既に建物が高層化し、店舗や事務所、共同住宅が多く、本件土地の隣接地にも、債権者桜木の七階建の桜木ビルを始め、四階建から七階建の建物が五棟あり、本件建物から一〇〇メートル以内にも本件土地の道路向い約三五メートル先の一四階建の青山王子パレスを含め一〇階建以上が四棟、四階建以上となるとかなりの数になり、今後とも引き続き高層化が進むことが予想される。
もともと本件建物の建築計画は、本件土地を所有していた一〇数名のものが、債権者桜木と同じく土地の高層化利用を企図したことが発端となって、前記の如くディベロッパーの参画によるいわゆる等価交換方式による共同ビルの建設計画がなされこれが実現するに至ったものであり、債権者邑松も、邑松建物が建築後すでに二五年以上経って老朽化しその敷地の四割強が都市計画道路となっていることから、資金さえ出来れば三階以上の建物に改築したい意向をもっており、いずれそのような建物を建築しなければならない状況にある。
(4) ところで、一三階建(但し西側部分を除いて大部分は八ないし一〇階建)の本件建物が予定どおり建築されると、本件建物が邑松建物の南側に東西に約五七・八メートルと長く、しかも別紙図面のとおり邑松建物を取り囲むような位置に建築される予定のため、邑松建物は年間を通じて終日日影となる。
桜木ビルも本件建物の西側部分に対しその北側に位置するため、冬至において、桜木ビル七階南西側開口部においては午後零時過ぎまで、同階南東側開口部においては午後一時三〇分ころまで(但しこの後は桜木ビル自体による日影に入る)日影となる。
本件土地上には、従前二ないし三階建の家屋しかなかったことから、債権者らはいずれも殆んど終日日照を享受していた。
なお債権者邑松は、邑松建物の道路に面する側で小遣稼ぎ程度のタイヤ修理業を営み(生計は年金や長子の仕送りによる)、右建物に肝硬変等の病身の妻と会社勤めの二人の娘と居住しており、債権者桜木は桜木ビル七階に妻や大学生の息子らと居住し、同ビル一ないし六階を事務所等として賃貸している。
(5) 債権者桜木の受ける前記日照被害は、本件建物の西側部分の一部に設計変更を加えることによって改善され得るが、債権者邑松の受ける前記日照被害を緩和し日照を冬至において一日四時間程確保するためには、その敷地南側境界線からの間隔に応じ二ないし四階建以内の建物を建築するに止めるか、もしくは前記のように東西に長い本件建物の東側部分を大巾に削減し、その長さを予定建物の半分程度にするほかない。
そうした場合に債務者がこうむる経済的損失は一六億円余となり、いわゆる等価交換方式により本件建物を建築する目的が達成できないことにもなる。
(6) 債務者は、債権者邑松の本件建物によって受ける圧迫感、通風、採光を配慮したものとして、前記のとおり邑松建物を取り囲むように設計されている本件建物の東側の一、二階部分を吹き抜けにし、西側は敷地境界線から二・五メートルの距離をとって二階建にしており、桜木ビルとの関係では、その七階居住部分との距離を敷地境界線から〇・六メートルから四メートルの距離をとっている。
一方邑松建物は、本件土地の境界から〇・二四メートルほどしか離れておらず、桜木ビルも本件土地の境界から約〇・一九ないし〇・四五メートルしか離れていない。また桜木ビル七階は、建築基準法よりみてその南東側面から採光する構造となっていない。
(7) ところで、債務者は、昭和五四年一〇月四日、本件土地に「建築お知らせ」の標識板を設置し、その直後ころから現在まで、債権者桜木など附近住民により結成された「ドミール青山(注・本件建物の名称)建設に反対する会」の会員や代表者らと一〇数回の交渉を持ち、その結果として本件建物東部八階部分北側最上部の一部を削減する設計変更を行い、また本件仮処分申請後日照被害の補償として日影一時間当り金三〇万円の補償金の支払を提示している。
債権者邑松は、債務者側の関係者が買収等の交渉に同人宅を訪れても話を全く聞こうとしない態度であったため、債務者側は同債権者の関係者などにも働きかけたが交渉すらできずにおり、また同債権者は前記反対の会にも入会していないため、日照被害等についても全く交渉がなされず現在に至っている。
(四) 以上の事実によれば、債権者桜木の受ける日照被害の程度はそれほど大きいとはいえないが、債権者邑松の受ける日照被害は深刻なものがあるといえる。
しかしながら、債権者らの居住地及び本件土地の大部分は都市計画上の商業地域であるばかりでなく、右土地周辺は実質的にも商業地域として発展し高層化もかなり進んでいる地域であることが明らかであり、将来もこの傾向が一層強まることが予想されるところ、もし債権者らの日照被害を緩和するため本件建物の設計変更を行わねばならないとすると、前記のように債権者邑松の関係で邑松建物の南側にはその敷地境界から最大限間隔を置いてもせいぜい四階建の建物しか建築できない(そうでなければ本件建物の東西の長さを大巾に短縮しなければならない)から、地価が相当高価であることが窺われかつ指定されている建ぺい率、容積率等よりして都市計画上も許容されている土地の高度利用が事実上不可能となり、その地域に即した債務者の土地の利用を妨げ、債務者に経済的に甚大な損失を与えることになるばかりでなく、当該地域の発展を阻害することになりかねない。
そして、本件建物は建築基準法上適法であり、債務者は債権者らに殊更被害を与える意思で本件建物の建築を計画したものとは窺われ得ないこと、債務者は十分でないとはいえ、採光、通風等について設計上一応の配慮をし住民側の要求で一部設計変更しているうえ、日照被害については金銭補償を考慮していること、債権者らは前記のような地域に居住することによって日照以外の多くの利益を享受しているといえること、そのほか債権者らの現在及び将来予想されるその所有土地の利用状況、債権者らの職業、交渉経過など前認定の諸事情を併せ考えると、本件建物の建築によってもたらされる日照阻害等の被害は、本件建物の建築を許容できない程度に著しく受忍限度を超えていると認めることはできない。
なお風害については、本件建物の建築によってその発生が予測できないではないが、それがどの程度のものかについては全く疎明がない。
(五) そうすると、債権者らの本件仮処分申請は被保全権利の存在について疎明がないことになり、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから本件仮処分申請はいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 佐々木寅男)
<以下省略>